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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和41年(ワ)83号 判決 1969年7月21日

原告

藤本淳三郎

ほか一名

被告

尼崎市

ほか一名

主文

一  被告両名は原告藤本淳三郎に対し、各自、金二、七二九、四四九円およびこれに対する昭和四一年三月二日以降完済まで年五分の金員を支払え。

二  被告両名は原告藤本睦子に対し、各自、金二、六九九、一八二円およびこれに対する前同日以降完済まで年五分の金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行できる。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決と仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一  被告春田は、被告尼崎市に雇われ自動車運転業務に従事中の昭和四〇年六月三日午前九時頃、被告尼崎市所有の普通貨物自動車(神戸一た〇〇一四)を同市の清掃事業のため運転し、同市武庫元町、武庫団地にいたり、同団地内の通路(同町三丁目六の二三)を運転後退中、同車の後方にたまたま停立中の藤本剛司(昭和三八年四月二五日生)に同車を接触させ、更に同車右後車輪をもつて右剛司の頭部を轢き、そのため頭蓋骨骨折脳挫傷により即時右剛司を死亡させた。

二  右事故は被告春田が、進路方向である同車後方に数人の幼児を認めたにも拘らず、これらの動静に最善の注意を払うことなく漫然後退を続けた結果である。したがつて同被告は前方注視義務および安全確認義務を怠つたものであり、本件事故にもとづく後記各損害をすべて賠償せねばならぬ。

三  被告尼崎市は、右事故当時、所有にかゝる右貨物自動車を自己の運行の用に供していたものであるから、これまた本件損害賠償責任を免れない。

四  右事故により生じた損害は次のとおりである。

(一)  亡剛司の損害

1  得べかりし利益の喪失による損害金二、七〇八、七六五円。すなわち、

<1> 亡剛司は健康な男児であつたため高等学校卒業後の満二二才から六一才までの三九年間は給与所得者として就労可能であつた。

<2> 当初の年収は金三五二、〇〇〇円であるけれども、五五才に達するまではベースアップを除いてもなお毎年五%づつ昇給すること疑いはない。この年収から五%の税金を控除し、その残部から更に七〇%の生活費を控除したものが年間の純収入である。(就労当初の純収入は年間一〇〇、三二〇円にすぎないが、毎年五%づつ昇給するので五五才における年間純収入は四七八、四二六円である)

<3> したがつて

a 五五才までの純収入は計八、四四二、九三一円

b 五六才から六一才までのそれは計二、三九二、一三〇円

合計一〇、八三五、〇六一円が純収入の総額である。

<4> これの現価を算出すべくホフマン方式により年五分の中間利息を控除すると金二、七〇八、七六五円となる。これが喪失利益の現在値である。

2  亡剛司は両親の慈愛に育くまれ、健やかに成長していたにも拘らず、にわかに悲惨な最後を強制されたため、その肉体的、精神的苦痛はまことに著しいものがあり、これを評価した場合の慰藉料(精神的損害金)は金一六〇万円である。

(二)  亡剛司の父である原告淳三郎は、右死亡により葬式費その他雑費として計三〇、二六七円の支出を余儀なくされ、同額の損害を蒙つた。

(三)  亡剛司の父母である原告両名は、二男剛司の右死亡により著しい精神的苦痛を蒙つているところ、その慰藉料は次の事情等によりそれぞれ金一五〇万円宛である。

1  原告淳三郎は大阪薬科大学を卒業して薬剤師の免許を有し、万有製薬株式会社に勤務(年収約一四〇万円)しており、その妻である原告睦子は武庫川短期大学を卒業している。

2  原告夫婦は、長男浩司(昭和三六年七月二四日生)と次男剛司をもうけ安定した生活を営み、将来は二人の子供を医師あるいは薬剤師に進ませようと希望に満ちた毎日をすごしていた。

3  しかるに最愛の剛司を一瞬のうちに喪い、深刻な衝撃を受け、その後は悲歎の毎日を送つている。

(四)  なお原告らは、本件損害金請求について、己むを得ず弁護士に訴訟委任をなし

1  既に着手金計五万円(二五、〇〇〇円宛)を支払つたほか

2  成功謝金として計四八万円(二四万円宛)を支払う旨約定することを余儀なくされた。

それで、これと同額の損害を蒙つている。

五  次に原告らは、本件事故に対し、保険金計八一万円の支払を受けた。これは、前記四の(一)の1、2の順序で、亡剛司の損害賠償に充当する。

六  右のとおり、被告ら各自に対し

(一)  原告淳三郎は

1  剛司から二分の一を相続した損害金九四九、三八二円(喪失利益から保険金を控除)と八〇万円(慰藉料)、計一、七四九、三八二円

2  葬式費等の損害三〇、二六七円

3  慰藉料一五〇万円

4  弁護士費用二六五、〇〇〇円

合計金三、五四四、六四九円の損害賠償債権を有するので、本訴をもつて、その内金二、七二九、四四九円およびこれに対する訴状送達の翌日の昭和四一年三月二日以降完済まで民事法定遅延損害金の支払を求める。

(二)  原告睦子は右(一)の1、3、4の合計と同額の金三、五一四、三八二円の損害賠償債権を有するので、本訴をもつて、その内金二、六九九、一八二円およびこれに対する前同様遅延損害金の支払を求める。と述べ、被告らの答弁、抗弁に対し、

六  被害者側に過失はない。本件道路は団地内の通路であり交通頻繁ではないから、原告らに監護義務の違反はない。

七  被告尼崎市は、とりわけ強大な公共団体であるにも拘らず、本件被害弁償につき何らの誠意も示さないばかりか、確立された判例理論をも無視していたずらに曲論を操返し、不当に抗争して自己の責任回避に汲々としていること、原告らとしては、まことに遺憾の極みである。

と述べた。

被告ら訴訟代理人は、原告らの請求を棄却する、訴訟費用は原告らの負担とする、旨の判決を求め、答弁、抗弁として

一  原告らの主張事実中

(一)  原告ら主張の日時、場所において、被告春田運転の貨物自動車(被告尼崎市所有)が後退中訴外藤本剛司(昭和三八年四月二五日生)に触れ、同訴外人が死亡したこと、

(二)  被告春田はその頃被告尼崎市に雇われ、同市のため同自動車を運転しており、被告尼崎市はこれを運行の用に供していたこと、

(三)  原告らが夫婦であり、主張どおりの長男を有し、二男を有したこと、

はいずれも認める。その余の原告ら主張事実はすべて争う。

二  右事故につき被告らに過失はなく、もとより損害賠償義務はない。

(一)  被告春田はそのとき後方に数名の幼児を認めたので、これらに対し、その場を動かないよう充分注意を喚起したうえ、後退を開始したにも拘らず、被害者が殊更自動車の後部に走り込んで来たため本件事故を惹起した。これは、道路の片側にいた被害者が、反対側にいたその兄浩司に呼び寄せられた結果であり、いわゆる飛込みにも比すべきものである。それで同被告に過失はない。

(二)  被告尼崎市は、毎朝運転者に訓戒して監督義務を尽しているところ、本件自動車に構造上の欠陥はなくまた機能の障害もないのに加え、本件事故は被害者側の過失ないし自損行為によること明かであるから、同被告にも責任はない。

三  もし、被告らに何らかの責任があるとすれば、過失相殺を主張する。すなわち、原告らは亡剛司の両親であるにも拘らず、未だ幼い被害者を道路上に長時間放置して監護義務を怠つた過失がある。

四  なお

(一)  原告ら主張の喪失利益を算定することは不可能である。亡剛司が成長した場合における収入額を証する資料は何もない。

(二)  原告らは亡剛司の死亡により養育費の支出を免れるという利得を得ているにも拘らず、亡剛司から相続した喪失利益全額につき権利行使をするのはまことに不合理である。すくなくとも免れた養育費の限度で二重利得になること疑いはないから、この額を控除せねばならぬ。

と述べた。

証拠関係〔略〕

理由

一  原告らの主張事実中

(一)  昭和四〇年六月三日午前九時頃、原告ら主張の団地内の通路において、原告らの二男藤本剛司(昭和三八年四月二五日生)が、被告春田運転の後退中の貨物自動車に触れ死亡したこと

(二)  右自動車は、所有者である被告尼崎市が運行の用に供しており、同被告は被告春田を雇入れて同自動車運転業務に従事させていたこと、

(三)  原告らは夫婦であり、剛司のほかに長男浩司(昭和三六年七月二四日生)を有すること、

はいずれも当事者間に争いがない。

そして、右剛司は、前示後退中の自動車の右後車輪で頭部を轢かれ、頭蓋骨骨折脳挫創によりその場で死亡したものであること、〔証拠略〕により容易に認定できる。

二  右事故に対する被告らの責任であるが、〔証拠略〕によると、被告春田は、自動車が通ることも殆んどない前示争いのない通路を南から北方へ運転後退中、通路の片側(西側)で遊んでいた四、五人の幼児に近づいたのでこれらに対し、運転席から「動いたらいかんぞ」と注意を与え、後退を続けたところ、その直後に通路の反対側(東側)で二人の幼児が向い側(西側)にいる幼児を手招きしているのを認めたのであるが、このような場合なお後退を続けようとする自動車運転者としては、一たん車外に出て幼児を一箇所に集合させるとか、また幼児相互に緊く手を繋がせ、車の進路に立入らないようくれぐれも注意を喚起し、その上で後退を続けねばならぬ等の注意義務があるにも拘らず、同被告は、この義務を怠り運転台から降りることなくバックミラーを見ただけで、なお後退を続けた過失により、そのときたまたま同車の後部附近を西側から東側へ横断中であつた被害者剛司に気が着かず、前示のとおり同人の頭部を轢いてこれを死亡させた、ことが認定できる。したがつて、

(一)  被告春田は、進路方向の注視および安全確認を充分に尽さなかつた過失により、不法行為者として本件損害賠償責任を免れず、

(二)  被告尼崎市も加害車の運行供用者として自賠法三条により右同様の賠償義務を免れない。

三  なお被告らは、被害者側の過失を主張するけれども、前示の場所は、自動車が通ることも殆んどない通路であること右認定のとおりであるから、極めて閑静な道路というべく、したがつて、幼児が長時間同所で遊んでいたからといつて、その保護者に監護義務違反を認めることは不可能である。それで、被告らのいう過失相殺は採用の限りでない。

四  次に原告ら主張の損害額について検討する。

(一)  亡剛司の喪失利益

1  特段の事由がない限り男児は成長すると就労し、かつ平均的収入をあげ得ること、公知である。

2  それで亡剛司も二二才から六一才までの三九年間は就労し、労働者として平均給与を受くるであろうことが推認できるところ、〔証拠略〕によると、兵庫県における労働者の昭和三九年七月から翌年六月まで一年間の平均給与額は金四八五、三一七円であることが認定できるから

<1> 亡剛司も三九年間に亘つてこの平均給与を受け得るものと推認できる。

<2> しかし、税金、生活費として収入の半額を支出する、と考えるのが相当であるから、純収入は年額二四二、六五八円であり、三九年間の純収入総額は金九、四六三、六六二円である。

<3> 右からホフマン式により年五分の中間利息を控除し訴状送達時における現価(純収入総額の現価)を算出すると金三、三三二、九〇七円となること別表のとおりである。

3  したがつて、原告らが主張する喪失利益額二、七〇八、七六五円は極めて遠慮した見積りでありもとより正当である。

(二)  亡剛司の慰藉料

剛司は平和な中流家庭の中で、教養のある両親に育くまれ、幸福な毎日をすごしていたこと、原告両名各本人尋問の結果により容易に認定できる。しかるに、一瞬のうちにこの幸福を奪われかつ死を強制されたのであるから、剛司の恐怖と苦痛はまことに著しいものがあり、これを慰藉するにはすくなくとも金一六〇万円以上を要すること、原告ら主張のとおりである。

(三)  原告淳三郎の葬式費等支出

〔証拠略〕を綜合すると、原告淳三郎は、剛司の葬式費その他死亡に伴う雑費として昭和四〇年一〇月二〇日頃までの間に金三〇、二六七円を支出していることが認定できる。したがつて同額の損害を蒙つたとの原告淳三郎の主張は正当である。

(四)  原告らの慰藉料

〔証拠略〕を綜合すると、原告らの学歴、家族関係、生活状態、原告淳三郎の職業および収入が、いずれも原告ら主張のとおりである旨、容易に認定できる。したがつて、一瞬のうちに二男剛司を無惨に轢殺された原告らの怒りと悲しみは殊に著しいものがあり、これを評価した場合の慰藉料(精神的損害金)はそれぞれ金一五〇万円(合計三〇〇万円)以上であること、これまた原告ら主張のとおりである。

(五)  弁護士費用

原告らが本件訴訟について、弁護士久田原昭夫に訴訟委任をなしていることは記録により明かであるところ、この訴訟委任が原告らとして是非共必要であつたことは、とりわけ強大な公共団体である被告尼崎市が三名の弁護士に訴訟委任をなし、本件損害賠償責任を否定している点から容易に理解できる。

それで原告らの支出した(もしくは負担した)弁護士費用は本件事故により生じた損害として被告らに賠償を求め得るものであるところ、〔証拠略〕を綜合すると、

1  原告両名は既に着手金として計五万円を支出し、同額の損害を蒙つているほか、

2  勝訴した場合には、すくなくともその一割(但し各人二四万円以内)を謝金として支払わねばならぬ旨の債務を負担し、同額の損害を蒙つている。

ことが認定できる。

五  したがつて、被告らの各自に対し

(一)  原告淳三郎は

1  亡剛司の相続人として取得した債権、すなわち

<1> 剛司の喪失利益の二分の一から保険金の二分の一を控除した金九四九、三八二円

<2> 剛司の慰藉料の二分の一である金八〇万円

2  葬式費用等支出による債権三〇、二六七円

3  慰藉料一五〇万円

計三、二七九、六四九円の債権を有しているほか、前示認定のとおり弁護士費用の債権をも有している。

(二)  原告睦子は、原告淳三郎の有する前記(一)の1、3と同額の金三、二四九、三八二円の債権を有しているほか、前示認定にかかる弁護士費用の債権をも有している。

六  なお、被告らは、前示喪失利益の損害額から、原告らにおいて支出を免れた剛司の養育費を控除すべき旨主張する。しかし、亡剛司が右の養育費支出義務を負担していたとは言えないし、また原告らがこの養育を免れたからといつて、直ちに不当利得に該当するともいえないから、被告らの右主張は未だ採用するに由がない。

七  よつて、原告らが有する前示債権のうち、被告ら各自に対し、

(一)  原告淳三郎としては金二、七二九、四四九円

(二)  原告睦子としては金二、六九九、一八二円

およびこれらに対する訴状送達の翌日であること明かな昭和四一年三月二日以降完済まで民事法定遅延損害金の各支払を求める本訴請求をすべて正当として認容し、訴訟費用は敗訴の被告らの負担と定め、仮執行を宣言すべく、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義康)

〔別表〕 喪失利益計算表

1 出生 昭和38年4月25日

2 訴状送達 〃41年3月1日

3 就職 〃60年4月25日

4 退職 〃99年4月25日

5 訴状から退職まで 58年間

6 訴状から就職まで 19年間

7 在職期間 39年間

8 年間純収入 金242,658円(在職期間中毎年末に受取るものとす)

9 ホフマン式単利年五分の係数

58年間 26,851

19年間 13,116

10 数式 242,658円×(26,851-13,116)=3,332,907円

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